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いのちはどこにありますか? 硫黄島 父からの手紙と母のノート
宮誠著(文芸社)1,200円+税

「よく誠ちゃん靖政ちゃんの夢を見ます」
 昭和19年の春、著者・誠の父親はそう手紙にしたためていた。当時、まだ子どもだった著者と弟・靖政の2人が仲良く楽しく遊んでいる姿を夢に見る、というのだ。兄弟が遊んでいたのは、のどかな故郷の自宅の庭だろうか。それとも野の花の咲く原っぱだろうか。いずれにしても、夢の中には温かい光に包まれた穏やかな情景が広がっていたことだろう。

 だが、父親がいた場所は、そんな夢の世界とはあまりにもかけ離れていた。そこは日本列島のはるか南に位置する第二次世界大戦末期の激戦地、硫黄島だった。

 死と隣り合わせの地で、父親が家族にあてて書いた42通の手紙。それを母親がノートに書き写して遺していた。著者も母親と同じように、そのノートを書き写したという。本書は手紙を通して父母の愛と命と死と、そして戦争とは何かを考えさせられる一冊だ。

 手紙には子どもたちの健康と成長を祈り、身重の妻を気遣う父親の優しさであふれている。出征時は幼かった著者がまもなく小学校に上がることを楽しみにしている父親の様子もうかがえる。また、新しくこの世に生まれようとしている子どもに名前を付け、何度もその名で呼んでいる。結局は生まれてからまったく別の名を両親が付けるのだが、「父母のつけた名前が一番いい名前」と言いつつも、文面からは少し残念そうな気持ちがにじみ出ている。

 この42通の手紙からは、直接的には戦場のすさまじさは伝わってこない。ただ、家族の便りに安心し、新しい命の誕生を喜び、著者が描いて送った一枚の絵が上手だと仲間の兵士たちにほめられ、鼻を高くする。そんな一父親の姿が浮かび上がってくるだけだ。

 だが、彼のようなどこにでもいそうな人間が銃を握り、戦場に立ち、ついにはこの父親のように、二度と家族の顔を拝むことのできなかった者は数知れない。これが戦争なのだと、あらためて思い知らされる。
author:自費出版図書館, category:書評, 19:33
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東京教育大闘争の敗北―ある農学部生の総括
黒川敏夫・夢諸野迷著者(三協社)6000円+税

 現在の筑波大学はかつて東京教育大学と呼ばれ、都内の大塚、駒場、幡ヶ谷にキャンパスを持っていた。これらの学部群が筑波に集約され、筑波大学が開設されたのが1973年のことである(東京教育大閉校は78年)。
 この移転の間、他の大学の例に漏れず、激しい全共闘運動が巻き起こった。東大安田講堂事件があった69年には、一部学部の入試が中止される事態にもなった。本書はその一部始終を綴った闘争記である。

 黒川氏は農学部の学生として67年に入学。農学部のあった駒場キャンパスで、大塚キャンパスとは別途、闘争を展開した。しかし、氏は「主流」とされた大塚の闘争を描きつつ、「傍流」とされた駒場の闘争に対しても、自らの体験も交えながらスポットライトを当てようとする。その記録は62年から78年の16年にわたり、実に詳細に記述されている。氏の大学闘争に賭けた情熱が伺える。

 一方、夢諸野迷は、「無署名論文」をもじった架空の集合体だという。名もなき多くの著者たちもこの闘争記録の叙述に携わっているというわけだ。
author:自費出版図書館, category:書評, 15:16
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桜天蓋
妙義山倫氏著(文化評論)1238円+税

 何とも不思議な物語である。読めば読むほどに多様な登場人物の心情が身に沁みて伝わってくる、そんな一冊だ。

 最初の舞台は現代。絵の道を志し都会に出てきた主人公、西洞惟也は都会での暮らしに空虚感を覚え、筆を捨て故郷である山陰の地に戻る。生家での田舎暮らしは悪いものではなかったが、ある日惟也は一人の旅の僧侶と出会う。この出会いをきっかけに、舞台は平安時代へと移る。いわばタイムスリップしてしまったのだ。

 惟也を平安時代へと呼び寄せたのは登紀子姫という姫君の想いだった。彼女を中心とした悲しくも美しい物語を経て現代へと戻った惟也は、芸術に対するひとつの「答え」を掴むことになる――。

 決して一本気なストーリーではなく、また平安時代という舞台上、当時の文化や風習、社会の仕組みを飲み込むのにやや骨が折れる。それでも丁寧な著述によって、平安人それぞれの思いや風景が鮮やかに浮かんでくる。現代の人々が忘れた日本人の心。そういったものがにじみ出てくるようだ。

 そして、著者自身も画家であることを片隅で思いながら読むと、なお味わい深い。
author:自費出版図書館, category:書評, 15:13
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私の春夏秋冬 飯沼英雄エッセイ集
飯沼英雄編著(日本文学館)700円+税

 理学療法士として老人福祉施設に勤務する著者。彼の夢は子どものころから好きだった、文章を書いたり絵を描いたりする仕事だった。しかし、その夢は視神経の病気というハンディキャップによって潰えてしまった。

 しかし、この幼きころの夢を還暦を間近に控えて実現することになった。きっかけは母の死を追悼したエッセイだった。これが共同でのエッセイ集となり、さらに新聞投稿が他の人と合同で出版されたりして、ついに著者一人の本が完成した。

 エッセイの内容はまさに多種多彩で、うぐいすやあさがおといった日常の風景から、父母への追悼エッセイまで幅広い。なかには、旅行先で知り合った中国人女性との文通を通じた若き日の恋愛話なども綴られており、微笑ましい。
 この本はエッセイ集であるのと同時に、著者の「自分史」でもある。時系列で並べたものではないが、こういう自分史のまとめ方もあるのかと感心させられる。

 時を経て夢を叶えた著者の文体は軽やかで、いかにも楽しんで書いているという感触が伝わってくる。また表紙の絵も著者が若い日に描いたものだという。
author:自費出版図書館, category:書評, 15:06
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季節のアルバム2〜美術展を巡って〜
林達津子著

 大阪府の職員である著者が綴る、エッセイ集である。「地に足をつけた」印象が一般的な公務員の姿とは別の、著者の「漂い方」を記したシリーズだという。

 シリーズ第二作となる本作では、全国各地の美術展を巡った場面が綴られている。年に20回は美術展を訪れるという著者の記録は膨大だ。古いものでは1995年から新しいものでは2010年まで、和洋を問わずジャンルも様々だ。ずっとパソコンに書き溜めてきたものだというから、そのまめさには頭が下がる思いがする。願わくば、著者撮影の写真がより多くあれば、読者もその心象風景をより共有できたかもしれない。

 ただ、本書の真髄は美術展の内容そのものもさることながら、美術展を通じて築いた様々な人々との交流にあるように思えてならない。著者自身が述懐するように、本書に登場する人物は誰もが「色濃いパーソナリティ」を備えている。そんな人々とのふれあいの記述に関心を引き寄せられる。本書は美術を巡る旅の記録であるのと同時に、市井のなかで輝く人々の記録であり、そんな人々と多様なつながりをつくってきた著者の自分史でもある。
author:自費出版図書館, category:書評, 15:03
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大人のための絵本 ,靴辰殀瓦の街
小野いずみ文・中山佑子イラスト(さち臨床心理研究所)2190円+税

 大人が子どもと一緒に読む絵本、というものはあるが、大人自身のための絵本というものは珍しい。内容も示唆に富んでおり、酸いも甘いも味わってきた大人だからこそ、心に響くものがあるのだろう。

 舞台は空や海、山や道がすべて灰色の港町。ここには先祖代々定住している人はおらず、心に「忘れたいもの」を抱えた人がよその街から移り住んでくるのだという。
 そして、この港町には一見奇妙な「風習」がある。家ができると必ず犬がやってきて、新しい住民が飼うようになるのだが、その犬が死ぬ間際、必ずしっぽを抜かれるという儀式がある。余命いくばくもない犬たちではあるが、しっぽを抜くことはすなわち、人為的な殺害を意味している。

 この一見、残酷にも思える設定が、その住民たちにどのような心理的な変化を与えるか。それが本書の見所だ。結末は意外なものであろう。

 臨床心理士でもある物語の作者は多分にストレスを抱えた現代人を意識して、この絵本を作り上げたはずだ。ストレスからの脱出に向けたヒントが象徴的に伝わってくるだろう。
author:自費出版図書館, category:書評, 14:57
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わが回想
安藤精紀著(新聞編集センター)

 タイトルが示す通り、77歳となった著者の自分史をまとめた一冊であるが、全体的に非常に読みやすいという印象がある。それは学校時代、遊び、会社、家族、旅行など、項目が順序立てて整理されているからであり、また自らの歴史の年表や家計図、国内外の旅行先をまとめた地図などが豊富に備えられているからだろう。

 著者の著述は出来事を淡々とわかりやすくまとめられている。戦時中、東北の地で過ごした暮らしぶり、大学夜間部に通いながら働いた日産自動車での仕事ぶり、そして老後、全国津々浦々を旅して回った様子が非常にわかりやすく伝わってくる。前半生については仕事の合間を縫って書き起こしていったというから、非常にまめな性格であったことが伺える。

 ただ反面、どの項目もほぼ均一なボリュームで描かれていることから、やや淡白な印象もぬぐえない。自らの暮らしのなかで最も充実したこと、苦労したことの著述がより詳細に、叙情的に描かれていれば、一層筆者の人物像を際立たせられたのではないだろうか。とくに日産自動車の歩みと自らの仕事人生のありようについて、より詳しく知りたいとの思いに駆られた。
author:自費出版図書館, category:書評, 14:40
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施設は子らの故郷
東京都知的障碍者施設家族会等連合会発行

 東京都西多摩郡にある知的障害者援護施設、東京多摩学園。本書はこの学園に子どもを通わせている親たちの手記18点を収録している。

 どの手記からも知的障害のある子を持った親たちの計り知れない苦しみ、そしてそれに負けずに生き抜こうとする努力が強く伝わってくる。場合によっては、語るのも辛いはずの闘いの日々を、なぜこれほどまで多くの人たちが書き残そうとしたのか。それには理由がある。2005年10月に成立した障害者自立支援法により、東京多摩学園が解体の危機にあるからである。

 障害者自立支援法は「ノーマライゼーションを実現し、生まれ育ったその地域で暮らす」ことを根本原理としている。一見、理想的にみえるが、それはとりもなおさず施設に障害者を閉じ込めない、施設は順次分割・縮小していくことを意味している。しかし、ノーマライゼーションが実現していない現代社会で、障害者が普通の人と学び、働き、生きていくことには多大な苦難、そして差別が残っている。

 多摩学園の保護者たちはこうした現状のなかで、援護施設をなくしてほしくない、支援法による改悪を撤回してほしいという思いで、この手記を寄せているのだ。
 その悲痛な叫びに、耳を傾けるべきではないだろうか。
author:自費出版図書館, category:書評, 14:31
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寺島暢雲仏像作品集
寺島シズ子編・門井朋撮影

=柔らかな光に包まれた仏像。生前彫り続けた仏像に込めた亡夫の心が浮かび上がる写真集=

 温かい光に照らされて、地蔵菩薩の優しい顔が浮かび上がる。釈迦如来が静かに目を閉じ瞑想にふける。聖観音が穏やかに世々の人の声に聞き入る。そして不動明王が仏法に反するものに怒りを表わす。

 本書の写真に収められた仏像は、いずれも寺島暢雲氏が振るったノミによる木彫りである。その仏像をすべてろうそくの灯火で撮影したものだ。同じろうそくの光に照らされた仏像なのだが、浮かび上がった顔から受ける表情はもちろん、光の強弱の印象までもが異なって見えるから不思議だ。

 教師だった暢雲氏は20代のころから仏像彫刻を趣味としていた。それも作家に師事することはなく、独学で始めた。小学校の校長を最後に定年退職、しかし翌年肺がんを宣告され、2008年に永眠した。瑞宝双光章を受章。氏の妻、シズ子氏が夫の作品を写真集として出版した。

 仏像を通して、氏の心がじわじわと染み出してくる。そんな心を表出させた写真表現も必見だ。
author:自費出版図書館, category:書評, 14:09
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祇園の細路地 おとんぼ舞妓
岩下孟民著(蒼天社)1400円+税

 京都・祇園。艶やかに着飾った舞妓さんや芸子さんがお銚子を手に「お一つどうどす」とお酌をしてくれる。夢のような世界だが、一見さんはお断り。「庶民には縁のない世界」と思うだろう。

 著者は映画プロデューサー、祇園の花街に精通した人物だ。祇園の舞子さんの一人から相談を持ちかけられる。「うちが経験した仕込みさん(修業)時代のことや、舞妓になれた喜びなど、これから舞妓さんを目指す人たちに知ってもらいたいと、思っているんです」。

 著者は屋形(お茶屋)で出かけるたび、新米舞妓の福香さん、姐さん舞子の香凛さん、芸子の福恵さんの三人から丹念に話を聞き、本書をまとめた。祇園に精通し、信頼される著者だからこそ聞くことのできたエピソードが読者を一気に祇園の世界に引き込む。近年、祇園の花街を舞台にした映画が公開されたが、関係者にとって決して快い作品ではなかったという。あまりに先入観や誤解が多いからだ。本書を読めば、日本の伝統文化を支える若い女の子たちの姿に共感を覚えるに違いない。
author:自費出版図書館, category:書評, 15:00
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